name pico / bubbles
birthday october, 1980
address osaka japan
e-mail picosonic-trip.com
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3歳からピアノを習っていて、作曲は6歳からやっていて、
小学生で大学受験に向けた音楽理論などを勉強して(させられて)、
14歳あたりで「自分にはこれしかないのか」と嫌になってピアノをやめて、
18歳あたりで「自分にはこれが出来るのか」と独学で再開して、
大人になったら音楽知識の「名称」を全部忘れていて、今に至る。

コードなど、音では理解しているのに言い方がわからないことが多々。
(相手の目の前で鍵盤を弾いたり、音楽ファイルや譜面で渡す方が楽)

表現法など、感覚では理解しているのに伝え方がわからないことが多々。
(相手の目の前でそのままを歌った方が余程通じる)

聴いた方が早い、と、楽譜を真面目に読まないのは日常。

しかし一人で曲を作っている分には伝え方がわからなくても困らないので
私の脳はなかなか覚え直そうとしない。通称、感性オンライン。



基本的にクラシックで育っているので、J-POPはあまり知らない。
中学生までJ-POPの存在を知らなかったほど。今でも詳しくない。
高校生ぐらいから色々なジャンルの曲に触れる機会が多くなり、
ユーロビートやハイパーテクノが好きで、よく聞くようになった。
それなりにアホもしていた。いわゆるギャル真っ盛り時代。
ちょうど18歳頃パラパラブームで、クラブに通っていたりして、
こんな曲どうやって作るんだろう、と思い始める。

20歳頃パソコンを触り始め、コレ で曲が作れる事を知る。
21歳でDTMの学校に行くが、元々音楽をやっている私にとっては
初心者向けの音楽の勉強が全くの無駄に感じ、やめてしまった。
PCの扱いにしても、元々ピアノや読書などインドアな生き物なので、
曲作りやホームページ作成など、オタクのように触っていたら慣れた。
外見とやっていることに激しく差があるのは仕様。



SC音源ではあるが、いい加減聞ける曲が作れるようになった頃、
24歳(2004年)でSONIC-TRIPを開設する。

ゲーム音楽(のコピーとか)ならともかく、自作のクラシック、なんて、
あまり世間ウケは良くなさそうだ、と思い、クラシック系は出さず
喧しい曲ばかり出してきた。SC音源なんかでどこまで作れるのか
と挑戦して遊んでいただけかもしれない。

bubblesの説明の為書いておくが、この頃からcrankyと接触があった。
(曲のクオリティは異なっても)作曲の感性は通ずるものがあり、
彼がネコの手も借りたい程の時など、アシスタントとして働き始める。



2005年の終わり頃、サーバーの契約更新をミスって、サイト消滅。
その後〜2006年にかけて、家庭の事情であったり、引越しであったり、
おかげでインターネット環境がなかったり、仕事の曲が忙しかったり、
パソコンが不調だったり、お金がピンチだったりと、それどころではなく、
サイトは消滅したまま時が過ぎる。



2007年、生活環境が落ち着き、サイトを再開する。
新曲を出していこう、と張り切ってみたものの、
それまでに作ってきた曲は全て著作権絡みで公開出来ない為、
置ける曲がない、という非常事態。

サークルを作るから参加しないか、とお誘いがあり、pixytoneに参加。
まだCDも出てないし、所属というほど大それたものではないのだが。



2007年後半、再び仕事曲や家族の云々や体調不良や、と色々ある中、
pixytoneのCD曲と、bubblesのCD曲を、ただひたすら作る日々が続き、
作ってもサイトで公開出来ない曲ばかりで、サイトの状況は変わらず。
サイトに動きがないと、まるで何もしていないかのように見えるので、
こうやって文章で弁解しようと思った2008年3月。



2008年3月、bubblesのアルバム「Concerto」の予約受付開始。
私の過去の楽曲を聴く限りではクラシックに結び付かないし、
現在サイト上でクラシックな曲を公開している訳でもないし、
picoの「bubblesでの役割」とは何ぞやと思われているに違いない。
bubblesはまるで「crankyがクラシカルな曲を出すときに使う別名」
と認識されていそうだ。そこで、私が何をしているのか記しておく。

bubblesでは、二人ともに役割はない。
強いて言えば、バロックに強いのはcranky、古典やロマンはpico。
私はピアノ演奏や、交響曲、協奏曲の制作、表現力などが容易く、
機材やシーケンサー上での操作はcrankyの方が手慣れている。
しかし二人とも相手がやることを全く出来ない訳ではないし、
お互いアイデアに詰まった時は、相手に放り投げればどうにかなる。
なので、曲の完成への道としては一人でやるよりも捗りやすい。
しかし曲が曲なだけに、元々一曲への所要時間は一般よりはるかに多く、
それが多少縮まったところで結局はかなりの時間を掛けることとなる。
原曲(アイデアファイルの状態)をまるまる私が作ることも多く
(FやKatharsisなど)、crankyがアレンジ。曲に寄りその逆も然り。



基本的に曲を作る時は、コードから、メロディーから、という概念はない。
即興演奏が出来るので、鍵盤で両手を使って弾けばどちらも付いてくる訳で。
主張が激しい曲が出来やすいのは、即興で鍵盤を弾き続ける中で
自分でも耳に残ったものしか覚えておらず、それを作るからだと思う。
正直、3歳から鍵盤を触っていると、目を瞑ってでも喋りながらでも弾ける為、
聞き流すようなフレーズは自分でも聞き流してしまい全く記憶にない。

即興演奏と書いたが、実際曲を作る時は脳内で作った方が早い。
コレといったモチーフが出てくるまでは、いくら弾いても疲れるだけである。
鍵盤なんて弾いても弾かなくても音が音階で聴こえる私には大差なく、
頭の中で音を鳴らせるので、寝転んだり宙を見つめたりしながら
脳内で作曲や思考している様子は、傍から見るとまるで「怠け者」。

主張が激しいのはcrankyも同じで、やはり自分で聞いて面白くないものは
作ろうとはしない。しかし、彼はまだ最初に曲全体の構成を考えるだけ偉い。
私は常に行き当たりばったりなので、「次の展開」でいつも時が止まる。
しかし行き当たりばったりだからこそ予想外の展開に繋がることがある。
それはそれで楽しい。

bubblesは主張の激しい者同士。
それでいながら曲が衝突しないのは、それぞれの個性を尊重したまま
他の要素を取り入れていけるからだと思う。
これまた、他の要素という部分も共通部分が多いので楽だったりする。

メロディー主体のフレーズが書けるというのは羨ましい、とよく言われるが、
逆にBGMらしいBGMを作るのが非常に困難な為、仕事上では不都合でもある。



割と文章を書き出すと止まらなくなるタイプなので、自己紹介のつもりが
これ一体何のコラム。という状態になってしまった。
これまで「作曲家なんだから曲で表せ」というポリシーで来たが、やむを得ず。
さすがに人目に触れないところで何をやろうと伝わらないものは伝わらない。

pico個人としては、今後bubbles寄りの曲を作ることが多くなる。
と想定していたので、2007年に再開した時のサイトのデザインも
「トランスやRAVEに似合うようなカッコイイモノ」ではなく、
「クラシックも似合うただの自分の趣味なデザイン」に変更した。
(ちなみに高価な洋書の帯、をイメージしたもの、だから横長)
勿論、トランスやRAVEもそれなりには作っていきたいと思っている。

問題は、bubblesな曲を作ると、それはbubblesであり、picoではない。
個人的に今後もっと飛躍していきたいところだが、難しい部分である。
とりあえずはサイトの曲を増やさないとどうにもならないし、頑張る。



ここの文章(最早雑記)は、気が向けば更新していこうと思う。
今回は音楽での自己紹介を書いたので、次は個人的なプロフとして
100質のようなものを別ページで書いてみようか、と作っている最中。
あとページ上の写真付きの日記は、更新履歴のようなものではなく
行動日記として使えば良いかな、とか。一応やりたいことはたくさん。
(の前に公開曲作れ、と思いながらも今日も収録でこれからスタジオ)
長々と読んで下さって、どうもありがとう。
                               2008/03/04 pico